8年生からの手紙(総合部を修了した日に)

 この8年間で、人のことを考えることを学びました。

 本当のことを言うと8年生になってからわかったことが多かったです。

  Team代表になったことを後悔したのは、運動会練習の初日の朝練習。参加する人数があまりにも少なかったんです。呼びかけ、ペナルティー、どれも皆の心には届きませんでした。

 「どうしたら来てくれるのだろう」

 一人ひとり時間をとって、何を思っているのか聞いてみることにしました。わかったのは、当たり前ですが、「皆、全然違うことを思っていたんだということ」でした。

 一人ひとりの解決策を考え、参加人数は倍増。この間の大変さは8年でしか体験できない、他の学校では絶対に得ることのできない総合部最大のメリット。

 だから総合部に感謝です。ずっとこの総合部でいてください。(略)

 

この気づきは本物です。

「人は一人ひとり違うことを考えている」ことを実感できる経験は何にも代えがたい経験です。この当たり前がわかっている人が、ほんとうに少なくなっています。

総合部は78年を経験してこそ総合部。それがわかるのは、ほんとうにわかるのは実はずいぶん後になってからなのです。これも学びと一緒ですね。

「詩」をひとつ紹介します

 子どもたちにも紹介したのですが、プライマリー3年、男の子の「うた」です。

 

ふしぎなかがみ

 

かがみよかがみ

せかいで一番うつくしいのは

だれでしょう

 

みんな うつくしいです

 

あれ このかがみ やさしい

 

何度 言っても

おなじこと

 

何回も 何回も

 

へぇ

何にも

じゅん位なんてきびしいこと ないんだ

 

 

 

一人の時間がきちんともてる子は、自分を支えることができる学びの方法を持っています。

セカンダリーでは、異学年齢の小グループで、「学びへの扉」という自宅学習の記録を活用しながら、

自宅での学びについて、テーマトークを続けています。

「あそび」について

もう15年以上も前のことになりますが、世田谷でトンカチや木材が自在に使え「自分の責任であそぶ」という掲示のある公園を見つけました。そこで感じたことを昨日のことのように覚えています。

「自分の責任であそぶ中で危機認識能力や身のこなしを育てていきたい。絶対安全で怪我ひとつしない冒険心なんてないのだから。やりたいと思うことが自分たちで実現できる場所が総合部でありたい。それは学習における参加対話型・問題発見解決型・発信型と呼応している。あそびは子どもたちの生活そのものだし、思い通りにいかないことから知恵を獲得する絶好の場」

当時書きとめたメモですが、その気持ち、まったく変わっていません。

ちなみに「あそび」は小学2年生の学年テーマになっています。

保護者からの励まし

総合部に入学後、ご家庭の都合で小4の時にロンドンに渡り、昨年度から総合部に帰ってきたOさん(TOEIC 975 現在は中3)のお話。

 

現地校での自己紹介スピーチの場面で、そのスピーチが大胆かつ意欲的で「やる気がある」と評価され、3か月の補習コースが一般的なところ、彼女は普通コースに投げ込まれる。総合部では当たり前だったプレゼンの文化が、認められたようで嬉しかった。

 現地校では、エッセイを書くことを常に求められた。宿題はいっぱいだし、大変だけれど乗り切ることができた。本人曰く、「通用しちゃった 総合部の探究」

総合部では、課題は自分で見つけるのがあたりまえだし、書くことも、全然苦じゃなかった。

 

そんなOさんの保護者から、こんな励ましの言葉をいただきました。

「グローバル化が騒がれていますが、インターナショナルな世界では英語ができるかどうかは決定的な要因ではありませんでした。あなたはどう考え、それはなぜかが問われるだけ。日本という文化の中で生きてきた人間としてどう応えていくのかが問われるだけ。その部分に総合部は的確に働きかけてくれていました。在学中はよくわからなかったけれど、外に出てみて総合部の教育がよくわかりました。総合部の教育には世界性がありました」

ありがたい言葉です。

卒業生からの手紙

先生お元気ですか。 医科歯科大は、日本で一番タフな場所ではないかと思えるほど多くの経験ができます。出会う人間もわからなくなるほどですが、自分らしくあり続けます。

 

手紙を読みながら、ふと、彼女が中2の時に書いた探究レポートを思いだしました。

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「サザエさんからの考察」

個人主義の世の中で大切なものは何だろう。サザエさんを読むとそこにはつねに笑いと温かさがある。私たちは時間に追われ、いつも何かに追われている。
しかし、サザエさんの世界はもっとゆったりと時間が流れている。四コマの一瞬のことなのに不思議である。
私が日本人でよかったなと感じることは生活や人権を守られ、安心して学校生活を送れること。固有の文化についての誇り。言語が統一されていることも大きい。
サザエさんにはそれとは違った「日本人でよかったな」があふれている。平凡な家族、生活、そこでの互いの敬いや付き合い、寛容さや思いやり。今、スマホに代表される便利すぎる生活が関係を希薄にし、「自分さえよければ」という個人主義を生みだしてしまっている。
サザエさんの世界にリアリティーはないが、人が人として生きていくなかで大切なことに気づかされる。それは「日本人でよかった」という理想の姿なのかもしれない。
(探究レポートから抜粋)

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私は彼女のレポートが好きです。自分の言葉で語り、自分の頭で考えることが「当たり前」で、借り物や誰かがこう言っているなどということが微塵も感じられないから。
「医者」という仕事が「そこにある」訳ではありません。教師も「教師になる」のですし、子どもたちによって教師にしてもらうのです。

「今日のことひとつ」 保護者より

今日のこと一つは、保護者からも届けられ、教室に掲示され子どもたちを支えます。

 

「コーヒー牛乳は茶色の牛から出るのよね」同級生は冷めた視線を私に向けた。だってさ、遠足で先生が「あれはホルスタインで乳牛。みんなの給食にでるやつ。あっちの茶色の牛からはコーヒー牛乳。頭数が少ないから、たまにしか出ないね」やっぱり先生はすごいと思った。

冷めた視線を受けて気がついた。コーヒー牛乳が茶色なら、イチゴはピンクの牛から。それはないな。小さなこどもにとって先生は絶対的な存在。疑う余地なんかなくて・・(略)

 

教室内で子どもたちの笑いがおきます。「笑いってこうでなければいけないね」と優しく教えてくれる保護者たちに囲まれて子どもたちは安心して学びます。

一緒に動いてくれる保護者が多いのも、総合部の特長。「先生、自分が楽しまなくてはね」そう話しかけてくれます。

英語民間テストで4技能評価(4月14日朝日)

2020年度からの大学入学希望者評価テストで、英検やTOEICなどの民間試験で4技能を評価することを決定

http://www.asahi.com/articles/ASK4F5CXMK4FUTIL023.html

総合部では、GTECという最も信頼性が高く、実際に子どもたちが将来要求される英語力をはかるテストを行っていますが、こうした動きに付け焼刃は通用しません。ネイティブ教員と子どもたちで一緒につくり上げてきたプライマリーの英語に磨きをかけるとともに、セカンダリーでも使える英語をすべてネイティブ教員とともに創りあげていく方向をより明確に打ち出します。

【中核となる活動】

●ランゲージ・スキル(英語を使って) 

他教科で既習の事柄を英語を使って学ぶ  自由作文など

●リーディング・コンプリヘンション(読解)

基礎的な英語を音読、しっかりとコピーライティング テーマごとの文章を読む中で英文構造を学ぶ

●圧倒的な単語力

使用頻度が高い順にランキングされたNGSLを使用

今日のことひとつ

プライマリーでは「今日のこと一つ」といって、その日の出来事を自分の視点で書き記す取り組みを続けています。

 

例えば、3年生男子の「今日のことひとつ」にこんな一説がありました。

今日、顔を洗う時、母が新しいタオルをおろし、「水をすわないよ」と言いました。確かになんだか、顔をふけた気がしません。僕は推論を立てました。水と油はまざらないから、油が少しタオルに付いているのではないかと。今、タオルの会社にメールしています。受信しだいご報告します。

後日 会社から回答がありました。

ごしつもんありがとう。タオルにノリが付いているのはタオルから糸を織るときにそのままだと柔らかくておれないので、ノリをつけておりやすくします。(サイジングといいます)洗い流す作業をしますが、きれいに落とせなくてのりが残っているタオルははじめあまり水をすいません。

3年越しのありがとう

総合部の入学式では新入生の一人一言があり、「青色ダイオードのような発見をします」「ラグビー部をつくってあそびたい」など緊張のなかにもホッとする時間が流れます。新1年生の隣にはこんな気持ちで支える4年生がいてくれます。

入学式では、4年生と手をつないで入場します。
壇上でスピーチをするのですが、4年生の手はあたたかく、安心感がありました。
新しいことばかりでとまどう私に4年生は色々な事教え、助けてくれました。だから、私は学校が大好きになりました。
そして、3年後、4年生として参加した入学式。1年生の手から緊張が伝わってきます。
「私と同じだな」「3年待って、やっとありがとうがいえるな」と思いました。
学校生活が始まり、私が1年生のときの4年生のようにわかりやすかったかどうかはわからないけれど、1年生に「教えてくれてありがとう」と言われた時はうれしかったです。
4年生になった私は、下級生を弟や妹のように感じ、「私がしっかりしなきゃ」と考えるようになりました。
4年文集より抜粋